―効率が悪いことには意味があるー
 地下へと続く階段の壁には、青緑色のタイルが張られている。扉を開けると、カウンター13席、テーブル3席。天井から並んで吊るされたランプ、低いテーブル、柔らかい革張りの椅子は、ゆっくりと落ち着ける温かみがある。ここは、京阪三条駅から西へ歩いて5分ほど、河原町通りにある昭和25年創業の喫茶店。
 店内は、ジャズでセロニアス・モンクがかかっていた。ロック以外の音楽を、その日の雰囲気で選んでいるという店長・奥野修(58歳)さんは、40年近くこの店で働いており、シンガーソングライターでもある。
奥野さんの両親は満州で出会い、日本へ帰国後、京都で落ち合って結婚し喫茶店を開いたという。お客さんは、常連客と観光客の半々で、作家の五木寛之さんも通っていたそう。
 カウンターで、珈琲(480円)とドーナツ(120円)を注文。目の前で、瓶から豆をジャラジャラと取り出し挽いてドリップし、抽出された珈琲が入ったサーバーを火であぶってからカップに注ぐ。一口飲んだだけで、豆のザラッとした感触が舌に残り心底美味しい。ドーナツは、奥さんの手作り。出勤時、奥野さんが自転車で運んでいる。
 店長になった25年前、奥野さんは南禅寺近くに、豆を焼くための工場を作った。休みの日以外は毎日、午後6時に店を出ると、工場で豆を焼き煙突から煙を逃がす。ストップウオッチを片手に、ガス圧系を確認しながら、気候や豆の様子を見て時間をはかる。4、5種類の豆をブレンドしてから焼くと時間は短縮されるが、それでは味が変わるという。1種類ずつ焼くのが美味しさの秘訣。そして家に帰り、自由な時間である30分だけ、歌の練習をしている。
 豆だけを買いにくるお客さんも多い。注文を受けると、珈琲を入れる合間に、瓶から豆を取り出し、ボウルに入れ計ってから袋につめる。量を均一にして用意すれば効率的だが、売れ残ったとき、明日も売ってしまいたくなる。新鮮さにこだわるため、50グラムから販売しているそうだ。大企業が大量販売のもと、美味しさを失わせつつある。今は、美味しいということを見つめなおす分かれ目にきていると奥野さんは話す。
 豆を焼く時間、豆を買いにきて待っている時間……。短縮しないからこそ、味わいが生まれる。今の世の中、スピードが優先されがちななか、このような喫茶店では違う空気が流れており、そんなところに知らず知らず私は惹かれていたのかもしれない。「効率が悪いということには意味がある。豆を挽いてるときに、店で流れる1曲を聞けるでしょ。そんな余裕も大切では」と、ずらしてかけた眼鏡の上の瞳を輝かせた。
075-241-3026
京都市中京区河原町三条下ル
大黒町36B1F
12:00~18:00  定休日:水曜日