-変わらないということ-
 阪急河原町駅から北へ歩いて5分もかからない。河原町通りと木屋町通りの間にある、昭和9年創業の喫茶店。2階の外窓のランプに誘われるように樫(かし)製の扉を開けると、壮大なテンポのクラシックに包まれた。扉を開けて右手には窓ガラス越しに調理場が見える。前にはもう一つの押し扉があり、ぽんと扉の真ん中を割るように押すと、アンティークに囲まれた小世界が目の前に広がる。
 「築地」という店名は、松竹にいた創業者が、新劇の「築地小劇場」にちなんでつけたという。いまは3代目が継いでいるが、この日はロマンスグレーのダンディな2代目が珈琲を入れていた。
「私は引退したんや。何にも話すことはない」から始まり、しばらくするとポツリポツリと「世の中気に入らん。けったいな世の中や。おかしくなっとる」と語り始める。築地の周りにあった老舗はどんどんなくなってきているという。昔は楽しかったとカウンターに手を置き、珈琲を一口飲む。昔と今とで一番変わったことは何かと問うと、「人のハート」と、こぶしで胸を叩いた。
 店内には100年前の時計が置かれ、壁のあちらこちらに絵画や食器などが飾られている。クラシックは、まるでそれらのアンティークと語り合うように、のびやかに流れている。馬車やランプがあったあの時代だからこそ書けた曲、200~300年経っても残る本物の曲をかけているという。
 この店の外観も内装も、創業当時のまま残している。改装するのは簡単だが、維持していくほうが手間になるそうだ。新しい絵を買ってきてもかけるスペースがないので、一枚外して新しい絵をかける。でも、落ち着かないので、また外して元の絵を同じ場所に戻すことになるという。「40年前、この店でお見合いした人が、同じ場所に絵が掛けられていることにびっくりする」と頬を赤らませてはにかんだ。
 人が年をとり、時がどれだけ流れても、同じモノが同じ場所にある。変わらないという、ただそれだけのことで、ハートは温まる。大切にしたい時間が流れているからこそ、この喫茶店に入ると和むのだろう。
 ウィンナー珈琲(550円)を飲み外に出た。新しいビルと古い建物で並ぶ河原町を歩くと、今出てきたばかりの築地が、なんだかとても恋しくなった。
075-221-1053
京都市中京区河原町四条
上がる東入る
11:00~23:00 (夜10時以降入店可)
ランチ営業、日曜営業