―人生の1ページに、アラビヤコーヒー-
 法善寺横丁にある水掛不動の手前に、ターバンを巻いたアラビア人の看板がちょこんと目にとまる。「アラビヤコーヒー」は、昭和26年に創業し、60年間続いている喫茶店。現在は、1代目の長男・高坂明郎さん(55歳)が継いでいる。戦地から戻ってきた先代が「生き残っただけでもありがたいことだ。
これからは好きなことをして生きていこう」との思いで店を開いたそうである。当時は、真黒な味の濃いコーヒーが主流。薄い店の味に文句をいうお客さんに、「お前らの口にいちいち合わせてられるかい!」とマイルドな味にこだわり続けたという。自家焙煎のブレンド(400円)は柔らかくて飲みやすい味だ。
 扉を開けると、先代が長男と次男に囲まれて、3人でコーヒーカップを手にしているレリーフが出迎えてくれる。ほかにも、店内には先代が作った木彫りのレリーフがあちらこちらに飾られている。1階はカウンター7席、テーブル席5席。天井、カウンター、机、イスも木製なので、気持ちが落ち着いてくる。
壁にかかったメニューも手作りの木彫りで、思わず凹凸のある表面を触ってみたら、学校の授業で、初めて彫刻を作ったときのことを思い出した。2階は、先代が好きだったというスキーの板やスキー場で集めたバッチが飾られ、まるで山小屋のような雰囲気。お父さんが大切に築き上げた宝物が息子に引き継がれ、今も息づいていることが温かい。
 高坂さんは、1つ質問すると2、3倍にふくらまして返してくれるので、話しやすく物腰も柔らかい。お客さんにとって、いつ来てもホッとでき、くつろげる店でありたいと話す。松竹座などの劇場が近所にあることもあり、歌舞伎役者の坂東三津五郎さんや市川染五郎さん、そのほかにも藤山直美さん、市村正親さんという有名人も通っているそうだ。30年前、市村さんは法善寺に毎日お参りするがてら、店に通うようになったという。話好きな市村さんはカウンター席に、物静かな染五郎さんはテーブル席と、おしゃべり度によって座る席も違ってくるそうだ。
 ある日、女性のお客さんがカウンターにメモを置いていった。昔、コーヒーを飲めなかった女性は、アラビヤコーヒーなら飲めるようになると、恋人に連れられてきたという。しばらくは、二人で店に通っていたが、若くして恋人が亡くなり店に来るのは辛かったが、今日ようやく来ることができたという内容が綴られていたそうだ。高坂さんは「お客さんにはそれぞれのドラマがある。その人生の1ページに、アラビヤコーヒーがあることが嬉しい」と真っすぐな瞳で話した。
06-6211-8048
大阪市中央区難波1-6-7
年中無休 10:00a.m.~10:00p.m.
HP: http://www.arabiyacoffee.com/