「2番線を待ちながら」
 大阪の下町にある阪堺線は、1車両で無人駅をひた走る路面電車だ。休日になると、発着駅の恵美須町には「鉄道ファン」がカメラを片手にホームに集まってくる。 そんな恵美須町駅にある「COFFEE SHOP YC」は、平成元年に開店。店に入ると、もとも駅舎だったという建物のガラス窓からは、1番線と2番線のホームが目の前に見える。2番線に入ってくる電車を撮影するために、カウンター席に座った。
 カメラを首からぶらさげて珈琲を飲んでいると、「カメラ好きの人がよくいらっしゃるんですよ。カメラの話をしていたら、あっという間に時が過ぎてしまう」と、店長の岡本弘志さんは目を細める。岡本さんは、同系列の喫茶店を定年退職した後に、平成6年にやってきた。気さくな笑顔からは、喫茶店歴50年以上という大ベテランの貫禄も伺える。
店の壁には、北海道から大阪の実家に帰ってくるたびに訪れるというカメラマンの作品がいくつも飾られていた。そのお客さんとの出会いによって、岡本さんも写真撮影に目覚めたという。

  電車を待ちながら、珈琲をお代わり。豆の種類は、ブレンド、アメリカ、ストロング、アイスコーヒーとあり、それぞれの豆の名前が書かれた赤色の丸い缶たちが、店の雰囲気を和らげている。岡本さんは、ドリップで淹れた珈琲を、銅の手鍋で一度温めてからカップに注ぐ。そうすることで、味わいが深まるという。
2番線の電車を待つこと2時間。ぼぅーと窓を眺める私に、岡本さんは「お腹空いてますか?サービスでサンドイッチ」と、親切にも作ってくれた。辛子がピリッときいたハムサンドは、懐かしい味。店内には、家族連れやカップルなどが出入りし、ホームではいろんな人が電車から降りてくる。
車掌さんからは「その時によって、いつ2番線に電車が入るか分かりませんからね。待たれても困りますよ……」と助言があったが、せわしない毎日と違って、ただ電車を待っているだけの時間は思いがけず楽しい。
 閉店まで、ついに2番線には停まらなかった。肩を落とす私に、岡本さんが代わりに写真を撮ってくれるという。「お客さんはリピーターが多いんですよ。こちらもまた会えるのが楽しみでね。店がある限り続けたいです」。ゆっくり走るレトロな電車や下町ならでは優しさが、心を和ましてくれる。
COFEE SHOP YC
06-6633-5678
〒556-0003
大阪市浪速区恵美西2-1-1
休み:第2・4日曜日